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第3章「コーヒーの国 ブラジルのスポーツ」

専門誌「茶と珈琲」金川正道著掲載記事

ブラジル人の血を沸かすサッカー

 サンパウロ市から長距離バスで8時間、パラグアイ共和国に隣接する、コーヒーの新興産地パラナ州のパラナ・ハンデランテ市、ブラジルコーヒーの収穫期を目当てに渡泊した私が最初にその念願を成就させた地である。
サントスなどブラジルの街角でよく見かける風景、登校途中の小学生がバスを待つ間、喜々として楽しむ遊びにボール蹴りがある。ボール蹴りといってもある大きなサッカーのボールを可愛い足でいじくり回したり。蹴とばしては追っ駆け回るゲームである。その仕草が実に機敏で、見ていて楽しい風景であった。バス停近くでボール遊びをするといっても、日本の道路やバス停留所のあの小さな空間を想像すると危なっかしい気がするが、ブラジルのそこには充分それだけの許容範囲があるのである。

 ブラジルには日本の野球ファンに比較できるものとして多くのサッカー・ファンがいる。サントス、リオデジャネイロ、カリオカ等々都市名を冠した名のプロ・サッカー・チームがあって、ファン達はそれぞれの地元チームを贔屓(ひいき)にしているわけである。リオにはナイター設備を有する20万人収容のサッカー競技場があり、これは世界最大だとリオ市民も鼻を高くする。
背の高い日本人をみると必ずこうたずねる「おまえはサッカー選手か」と。
デラジル人のもう一つの自慢は、「ペレー」というプロサッカーの選手は日本の長嶋より給料を多く取っているということである。
リオに金持ちが多いことは有名だが、その" ゆとりある人々" が多く集る海岸 " コパカバーナ "をご存知の方も多いと思う。全長3km余りの砂浜の沿岸を細かく仕切って市民達がサッカーの試合に興じている様はまことに健康な情景であった。

 サッカーと賭博とブラジル市民はさき難いキズナに結ばれている。サッカー試合のあるところ必ずギャンブルが付随する。コパカバーナ沿岸のビル街はリオ市以外の他都市の人々の別荘地帯でもあるがコーヒー取引業者などの集るビジネス街でもある。その辺りの事務所に勤めるサラリーマンは昼休時になると仲間同士で、今日の、明日のサッカー試合の予想と掛けのことに話しの花を咲かせて賑やかなものである。私などが寸時勤めていたコーヒー鑑別人事務所でもブラジルコーヒー収穫期前の暇な季節には会社で私設トトカルチョが盛観を呈していたものである。

 ブラジル人がサッカーともなると目の色を変えて夢中になることを裏づけるエピソードとして以前、競技場内でエキサイトした熱狂的なファンがピストルを撃ち合って大混乱を起こした話がある。今では競技場に入るときは入口で身体検査をしてピストルを所持していないことを条件に入場を許す?ようになっている。

 数年前、ブラジルが世界サッカー選手権で、たしかアルゼンチンとせり合って優勝を勝ち得たときなどブラジルの商店や会社は三日間にわたって仕事を休み共々勝利の喜びを祝し合った。その位サッカーはブラジル市民の力強い支持を得ている。
 

ジュウドウ熱 高まる

 その他のスポーツとしてはバレーボール、バスケットボールなどが愛好され、野球は日系人の間でいくらか行われている程度、二世の野球チームとしてはコチア組合、日興組合などの団体がもっている程度である。日系人の間ではいまゴルフが盛んである。キャッチボールなどをしていると「良く小っちゃな球が受け止められるなぁ」と笑い声でなく、真顔で感心するブラジル人が多い。サッカーボールとは凡そ趣が違うから。

 ブラジルの義務教育でその教科としてスポーツは学校であまり行なわない。その代り、町々にスポーツ・クラブという共済組織のようなクラブがあり、大人も子供もほとんどがこのクラブの会員になっている。各々のクラブとも、市民の希望するスポーツの施設を備えており、これ等の設備はほとんどが町の有権者の寄付金で設けられている。子供達は学校が終わってからこれらのクラブへ出掛けて好きなスポーツに励む。オリンピックにはブラジルからサントスという水泳選手が来日するが彼もこれらのクラブのプールで技能を鍛錬したことと思う。
 
ブラジルで根強いブームを起こしつつあるものに日本の柔道がある。ブラジルの知らない街を歩いていても日本人だと見ると青年達から声を掛けられる「日本人だろ?柔道強いか」と問う、「ブレット(黒)だ」と答えると彼等はかなり羨望の目で見つめるものだった。勿論、こちらも嘘を言ったわけではないが。
 
 先程のスポーツ・クラブの他に子供達や青年がジュウドウを習うのに軍隊とか警察の道場で日本からの柔道教師に指導を受けることも盛んである。もっともそういう道場へ気軽に出入りする子供達は生活の豊かな家庭の子が多いようだ。負けず嫌いな子供達は、柔道の練習でも時折羽目を外すことがあるが、そんな時、日本人師範の「コラッ!」という一喝の効き目は厳としていて、「レイ!(礼)」「オジギ」という言葉など折り目正しいマナーの躾にも通ずるところがあって、十四・五才までの子供の躾に厳しいブラジルの親たちからは大変な好評を受けている。警察や軍隊では柔道と唐手(空手)のどちらかが必須項目となっている。

 スポーツとは異るが、ブラジルの踊り好きも有名である。謝肉祭(カーニバル)の三日間を目指して常日頃から踊りの練習に励む。リオデジャネイロにはサンバ学校がある位で、カーニバルの当日などになると三日間踊り続ける。日本の阿波踊りを想像するとピッタリともいえよう。笛、カネ、タイコを叩いて三百人位の楽団が編成され踊りの群衆と熱気をカモにしながら町々を練り歩く。テレビ放送などで三日間踊り続ければ5,000コント 日本円で70万円位の賞金が出る、三日間踊り続けるといっても文字通り休みなく続けることで、食事もパンやコーヒーを飲みながら踊り続ける。それを敢闘しきる!強者が私が見た時五人もいた。

 謝肉祭は黒人の祭りという感のある位、スタミナと巧みな踊りは黒人特有の才能にあづかることが大きい。ともあれ全米からこのカーニバルの熱気をと観光客が多数訪れ、200万ドルの金を落としてゆくという。ドル稼ぎの為にもカーニバルはさらに熱を入れねばならないわけかも知れない。サッカーといい、それを愛好するブラジル人のエネルギー豊かさを痛感させられる。