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第7章「コーヒーの国ブラジル」

専門誌「茶と珈琲」金川正道著掲載記事

サンパウロとコーヒースタンド

 午前四時、サンパウロの町通りをバスが活動を始める時刻である。
ブラジル人はなかなか早起きで、そのころになると東京の街々の公衆電話ボックス並みの間隔で点在するコーヒースタンドがそろそろ営業を始める。これから夜更けの十二時近くまで、コーヒーの香りが、路ゆく人々や近所の住人に少しなからぬ憩いと楽しみを与える。店の構えはといえば、近ごろ日本でもよく見掛けられるようになったが、表面口のドアなど外し放しで一々ドアを押し開けたりせずとも、通り掛かりに安易に立ち寄れ日本の場合、コーヒースタンドとはいっても外からは直接スタンド内部が見えないよう遮蔽物が施されているものだが、あちらのコーヒースタンドでは全く遠慮エシヤクのない、極端ないい方をすれば露店スタンドとでもいえるし、良くいえば、また正しいかも知れないが、開放的なたたずまいのものがほとんどである。それがまた利用価値からいってコーヒースタンドは"ブラジルの喫茶店"つまり日本の喫茶店とはほぼ同じ位の働きを成しているようである。結構スタンドで幾時間となくネバル連中もあれば、カウンターに倚掛って楽しい語らいに脇目もくれない若者たちもいる。

 このコーヒースタンドより1クラス上をと思うときはレストランに入ることである。日本の高級レストランに劣らない店が多くあって、必ずそこには上り木と背の高いあの腰掛がある馬蹄型のカウンターでコーヒーが飲めるようになっている路上の空気を気にせずとも、レストランご自慢の "フェジョン " 等の料理を注文しなくともコーヒーが飲めるようになっている。

 レストランで思い出したことが一つある。それは私がサンパウロで暫くアパート住いをしていた頃、近くのレストランを昼食時に利用するようになったが初めての日、私の食事が終わるころになると可成りの年長のボーイがデザートの註文に来て「デザートはコーヒーにしますか?プリンになさいますか?」という。「もうなにも欲しくないから結構だ」「そうですか。でもうちのコーヒーは味が良いんで評判ですよ。お飲みになりませんか?」と押し売りという訳でなかったが、止む無く「じゃあコーヒーにしようか」と答えた。間もなく運ばれたコーヒーを丁寧にテーブルに置かせて私は彼に10クロゼイロのチップを渡した。普通レストランで食事をすると、デザートにコーヒー又はプリンがサーゾスに付きものなのだし、プリンを出さない店では店内のコーヒーカウンターで飲むようにとコーヒー無料チケットを呉れるタテ前になっている。
 然し、このコーヒーのチケットを受取るときは一般に習慣としてボーイに幾らかチップ(大体3クロゼイロ)を手渡すことになっている。無料といえば無料なのだがコーヒーは、ここでは財布の中の話では金を出して飲むということである。

 チップといえばコーヒースタンドには必ずチップ投入専用のボックスが用意されていて10クロゼイロのコーヒーを飲んで帰りに2, 3クロゼイロのチップをボーイまたはカウンターマンのために投入してゆく。
 さきほどのボーイ氏も私からのチップを受取り、心中いささか満足そうな顔で「ありがとう」と礼をいった。2回、3回と続けてゆくうちに先方では私の顔を覚え、昼食時で混雑する店内のどこかに必ず席を空けておき、私を案内してくれるようになった。初めは他の客の手前、気兼ねもあったが、満更でもなかったと覚えている次第である。ところで私のチップはいつも10クロゼイロと限定していたわけではない。ときには気分に応じて彼らから見て大奮発をと、張りきったこともあるので、念のため。 さて、コーヒースタンドり話が、コーヒーのためのチップの話になってしまったがもう少し付け加えると、プラジルには貨幣が少なくおもに紙幣が使用されていて、1クロゼイロから(大体35銭位) 2。5、10、20、50、100、200、500(180円位)クロゼイロとあり1000クロゼイロは1コント(320円)と小額紙幣が完備していてチップも与え易いようには出来ている。

 食事といえばなにもレストランですることはない。コーヒースタンドに結構旨くて手軽な食べ物がある。鳥の唐揚げというものもあれば、手のこんだ、味のあるホットドックがたくさんあるのだ。ポルコ(豚のこと)の太モモの肉が一本蒸し焼きで丸のままウインドウに陳列されていて、ポルコドックを頼むと、親父さんは(日本ではコーヒースタンドの職員は若い方が多いが、ブラジルでは年配の方が多かった。職場を転々としないせいと職業を余り変えない故から考えられる)切れ味の確かな包丁でウインドウの中の焼豚にバッサリと一打を入れて肉を一杯とる。それをパンに挟んで貰って食べるのだが、邦貨50円のポルコドックはこたえられない旨さがあった。昼食時のコーヒースタンドは周囲の商店やビル内のオフィスに勤める人々で一杯で、ハミ出した連中は先の人が食べ終わるのを心棒強く列を作って待っているのである。

 コーヒースタンドのコーヒーの味はというと、それほど上等の材料を使っているとは考えられず、やはり味の良い上質のコーヒーを希望するときは国際的な要所である空港のコーヒーショップやレストランのコーヒーを味わうのが一番である。